・並行在来線を巡って滋賀県と佐賀県がブチギレている
・並行在来線とは整備新幹線に並行する在来線のことで、新幹線開業後はJRが手放しても良いということになっている
・手放された在来線は廃線か地元自治体が第三セクターとして引き継ぐことになっている
・並行在来線は特急列車が廃止になるので、基本的に赤字になる
・滋賀県は新幹線が通らないのに(新幹線効果がゼロ)、並行在来線を受け持つ義理はない!
・佐賀県は新幹線効果が軽微で新幹線は不要という立場にも関わらず、並行在来線だけ押し付けられる構造
皆さんは並行在来線というワードを聞いたことがあるでしょうか。
これは新幹線が新たに開業する際に発生する従来の在来線の路線のことです。
なんのこと?という方もこの記事を読めば並行在来線問題についてよく理解できるようになるのでぜひ目を通してみてください。
実は最近この並行在来線を巡って滋賀県と佐賀県がJRとかなり揉めているのです。
この並行在来線問題についてこの記事ではわかりやすく解説します。
並行在来線とは
福井県並行在来線準備株式会社によると、並行在来線とは次のように書かれています。
並行在来線とは、新幹線整備区間を「並行」する形で運行する「在来線」鉄道を指します。本県では北陸本線が該当します。
新幹線開業後は、運行主体がJR西日本から当社に変わります。
つまり、新幹線が新たに建設される際にそのルートが被っている在来線の路線のことを並行在来線というのです。
例えば上の記事の引用にある福井県の場合は北陸本線が並行在来線に当たるとあります。北陸新幹線の開業に伴ってほぼ同じルートを通る2つの線路が発生してしまうため従来からある在来線の線路を並行在来線と呼ぶようにしているのです。
並行在来線に指定された区間はJRが手放しても良い、ということになっており、手放された場合は廃線もしくは地元自治体が半官半民の第三セクターとして運営することになっています。
JRが手放さないという選択肢も残されており、例えば九州新幹線が開業した際はJR九州は博多―八代間は並行在来線となっていましたが手放しませんでした。
そこから先の八代-川内間は第三セクターの「肥薩おれんじ鉄道」に継承されています。
つまり、儲かりそうだったらJRは残すし、赤字になりそうだったら捨てると言った感じです。
(補足)並行在来線が発生しない場合
並行在来線は整備新幹線が新たに建設された場合にのみ発生します。
整備新幹線とは新幹線の計画路線のうち、全国新幹線鉄道整備法(昭和45年法律第71号)第7条に基づいて、日本政府が1973年(昭和48年)11月13日に整備計画を決定した以下の5路線を指します。
- 北海道新幹線(青森市から札幌市まで)
- 東北新幹線(盛岡市から青森市まで)
- 北陸新幹線
- 九州新幹線 鹿児島ルート
- 九州新幹線 長崎ルート(西九州ルート)
これらの5路線が新設される際に平行している在来線が並行在来線ということになり、古くからある山陽新幹線や東海道新幹線東北本線に並行する在来線は並行在来線という扱いにはなりません。
実際に、東海道新幹線と並走している東海道新幹線本線や山陽新幹線と並行する山陽本線、東北新幹線と並走する東北本線や常磐線は第三セクターによる運営にはなっておらず、新幹線開業後もJRが引き続き運営を行っています。
これはおそらく新幹線の設立経緯が絡んでいるものと思われます。
東京駅に飾ってある東海道新幹線の開業を記念するプレートには東海道新幹線の英訳としてこのように書かれています。
”NEW TOKAIDO LINE”
東海道新幹線の設立の経緯はまさに「新」幹線だったのです。
どういうことかもう少し詳しく説明しましょう。
東海道新幹線の設立の話が持ち上がってきたころ在来線の東海道本線は貨物列車や列車でパンク状態でした。
東京オリンピックによる需要拡大に伴い列車本数を増やしたかったのですが、ダイヤがぎゅうぎゅう詰めでこれ以上列車本数を増やせない状況です。
そのため国は新しい東海道本線をもう一本作ろうとしました。要するに車で例えると車線をもう一本増やすことで渋滞を緩和しようとしたわけです。
そのため古くからある幹線に対して新しい幹線(すなわち「新」幹線)というものが登場しました。
これが今で言う東海道新幹線であり、新幹線の目玉である高速化は後から取って付けたおまけみたいなものなのです。
渋滞を緩和するために幹線をもう一本追加、ついでに速くしようみたいな感じです。
そのため、当時国鉄は新幹線というのはあくまで路線名称であり、新幹線の線路の上を走る列車は「超特急」という名前で打ち出そうとしていました。「超特急こだま」という名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
しかし、どういうわけか超特急という名称は国民に馴染まず、新幹線という言葉の方が語呂が良いためかこちらの方が一般的になってしまったため、元々は路線名称であった新幹線という言葉を列車の名称にまで使っているというのが今の現状です。
話が脱線してしまいましたが、新幹線の設立経緯が渋滞緩和なので昔からある新幹線は第三セクターが設定されないのです。
整備新幹線を新たに建設する際に元々ある在来線の路線が並行在来線と呼ばれることを頭に入れておいてください。
並行在来線は基本的には第三セクター化
第三セクターというのは半官半民の会社のことです。半分は民間が出資し、もう半分は地方自治体などが出資しています。
並行在来線は基本的に第三セクター化されるのが一般的です。
なぜかと言うとそれはJRが儲からないからです。
例えば、北陸新幹線の金沢駅延伸開業に伴って第三セクター化された「IRいしかわ鉄道」という第三セクターを見てみましょう。
これは新幹線が金沢駅まで伸びる前はJR西日本が管轄する北陸本線という路線でした。しかし、新幹線が金沢駅まで延伸するに伴いJR西日本の手から離れ地元の石川県が出資する第三セクターIRいしかわ鉄道となっているのです。
なぜ新幹線が開業するとJRは並行在来線を手放すのでしょうか。
新幹線が開業すると在来線でもともと走っていた特急列車は廃止されます。新幹線がその代替となるからです。
またJRとしても新幹線に乗ってもらった方が新幹線特急料金で収益が上がるため並行在来線の特急列車は廃止しようとします。
すると元々あった在来線の収益状況はかなり悪化します。特急列車がなくなるため特急料金による増収が見込めないからです。
儲からなくなった古くからある在来線はJR西日本はいらないと言って地元の自治体に押し付けるのです。
「押し付ける」と言うと言葉が悪いですが、整備新幹線計画の法律では新幹線を開業させる際は地元自治体の同意のもとという前提があるため、地元の団体も「新幹線を通して欲しい。その代わり元々ある在来線はうちのお金で管理しますから」という約束になっています。
このように新幹線が開業すると一見便利になるように見えつつ、在来線を地元の資金で運営していかなければならなくため財政的にはマイナス方向に働いてしまう場合が多いみたいです。
これは地元でもよく揉めていることです。
新幹線の駅ができる付近の市区町村は新幹線効果によって増収を期待しますが、それ以外の地域は新幹線効果を得られないばかりではなく、並行在来線を維持していくためのお金を税金という形で支払っていることになります。新幹線で何のメリットもないのに税金だけ無駄遣いされるという新幹線効果のない地元住民はかなり不満を募らせているみたいです。
そもそも儲からないからという理由でJRが手放すのが並行在来線です。
そのため基本的には並行在来線は基本的に赤字となり住民税や市民税という形で間接的に住民の負担が増えることになります。
滋賀県がブチギレている理由
さてそれでは本題の滋賀県がブチギレている理由について説明しましょう。
2024年度に北陸新幹線が敦賀延伸開業されますが、北陸新幹線は最終的には福井県の小浜や京都を通り新大阪駅まで延伸される計画になっています。
その時に現在サンダーバードが走っている湖西線が並行在来線に当たるとしてJR西日本が手放そうとしているのですが、それに対して滋賀県がブチギレているのです。
この北陸新幹線新大阪延伸開業に伴って大阪-金沢間の移動は北陸新幹線に置き換えられます。
そのため現在金沢-大阪間の移動手段となっているJR西日本が運行するサンダーバード号はお役御免となります。このサンダーバードが走っているのが湖西線であるため、湖西線は並行在来線に当たるというのがJR西日本の言い分です。
先ほど書いたように在来線の特急列車が廃止となるとその路線の収益は大幅に悪化します。
そのためこの収益悪化した路線を並行在来線として地元自治体である滋賀県に運営を委託しようとしているのです。
しかし、北陸新幹線新大阪延伸開業のルートを見てみると滋賀県は通ってないことが分かります。
敦賀駅は福井県に位置する駅ですがそのまま福井県内の小浜に至り、京都、松井山手を通り新大阪に延伸することになっているのです。
つまり、北陸新幹線が新大阪まで延伸開業したところで滋賀県が受けられるメリットは一切ありません。
なのに儲からない在来線を赤字覚悟で滋賀県に引き受けてくれとJR西日本が言っているため滋賀県はブチギレているのです。
これははっきり言って滋賀県がJRの要求を聞き入れる義理は一切ないです。
今までは「新幹線効果がある代わりに赤字の在来線を引き受けてね、これでプラスマイナスゼロにしてね」というのが通常でした。新幹線の甘い蜜をあげるから多少の痛みは我慢してねという理屈です。
しかし、新幹線の甘い蜜も受けられないのに痛みだけ引き受けろと言うのはさすがに酷じゃないでしょうか。
滋賀県に並行在来線を受け入れる義理は全くないため、これはなんやかんや揉めてJR西日本がそのまま赤字覚悟で運営していくという落としどころしかないような気がします。
ところで実際にサンダーバード号が廃止されたところで湖西線が赤字になるかという問題があります。
敦賀・金沢方面から大阪・京都というそこそこの大都市間を結ぶ路線であって、それなりに収益状況は良さそうですがどうでしょうか。
少し古い記事ですが2017年の東洋経済新聞社の記事によると湖西線の営業係数は76.4。営業係数というのは100円の収益を稼ぐのにいくらの投資がいるかを表す数字で当然ながら100以下だったら黒字ということになります。76.4という数字はかなり良い方です。
実際に鐵坊主さんという鉄道YouTuberの方がサンダーバードの収益を計算しておられましたが、湖西線の収益の約半分をサンダーバードが稼いでいるという結論を導いていました。これをもとに考えるとやはりサンダーバードがなくなった湖西線は赤字になると思われます。
佐賀県がブチ切れている理由
佐賀県もまた並行在来線を巡ってブチギレています。
九州新幹線西九州ルート(通称:長崎新幹線)が開業しましたが、フル規格の新幹線で走るのは武雄温泉から長崎駅までの間で、佐賀県内はまだ新幹線が開業しないことになっています。
これは佐賀県が新幹線の開業に同意してないためです(整備新幹線の開業には地元自治体の同意が必要になります)
佐賀県内の主要駅佐賀駅、肥前山口駅、肥前鹿島駅など)では特急かもめが30分に1本もしくは1時間に1本程度の高頻度で博多駅を結んでいます。佐賀駅と博多駅の所要時間は30分ちょっとといったところです。
そのため新幹線が開通したところで時間短縮効果はそれほどありません。せいぜい30分か15分になるくらいでしょう。
にもかかわらず新幹線が開業すると今の1時間に1本もしくは30分に1本といった高頻度の運行が減らされてしまう可能性があるだけでなく、運賃も値上がりしてしまう可能性があります。佐賀県にとっては新幹線開業が不利に働いてしまうのです。
さらに特急かもめやハウステンボスの運行がなくなった長崎本線を第三セクター化され、佐賀県が税金で運営してくれとなったら反発するのも当然です。
佐賀県は新幹線効果がほとんどないだけではなく、赤字の長崎本線を押し付けられるという形になってしまうのです。
元々は九州新幹線西九州ルートはフリーゲージトレインを使って運行するという計画でした。
しかし、それが技術的に不可能ということが分かったためフル規格の新幹線とし現在長崎駅から武雄温泉駅までを先行開業させたという経緯があります。
佐賀県に残された選択肢はもう2つしかないと考えます。
1つは永遠に今の現状の形態を続けることです。
これでは長崎駅に行く際に博多駅から武雄温泉駅までリレーかもめに乗って武雄温泉駅で新幹線に乗り換えるといった手間が生じます。現状のかもめでは列車1本で行けてしまう長崎駅が必ず途中の駅で乗り換えが生じてしまうのです。さらに博多-長崎で考えると時間短縮効果も15分程度しかないと言われています。15分しか時間が短縮しないのに運賃は上がって、さらに乗り換えを発生するといった今の不便な形態を続けていくのは長崎県や福岡県からかなり反発が大きそうです。
となるとやはり佐賀県は強固にフル規格の新幹線を通す、その代わり新幹線の建設費や並行在来線の運営資金をJRに援助してもらうといった交渉をしていくしかないのではないでしょうか。
今日は整備新幹線の開業とそれに伴う並行在来線問題について解説していきました。
新幹線の開業は何も喜ばしいことだけではないということが分かっていただけたかと思います。
それではここまで読んでいただきありがとうございました。